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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2827号 判決

甲事件及び乙事件原告 岩田已代子

右訴訟代理人弁護士 遠藤誠

甲事件被告 高橋次郎

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 沢藤統一郎

右訴訟復代理人弁護士 川上耕

乙事件被告 後藤眞男

右訴訟代理人弁護士 今井浩三

同右 若旅一夫

右訴訟復代理人弁護士 大塚芳典

同 門好孝

同 小林芳夫

主文

一  原告の被告らに対する第一次請求はいずれもこれを棄却する。

二  被告高橋次郎が原告から金九一五万八〇〇〇円の支払を受けたときには、原告に対し、

1  被告高橋次郎は、別紙物件目録(一)の建物を収去し、同目録(二)の建物の二階部分から退去して、同目録(三)の土地を明渡し、かつ、昭和四八年一一月一七日から右土地の明渡し済みに至るまで一か月金四二三〇円の割合による金員を支払え。

2  被告高橋ツ子は同目録(二)の建物を収去して同目録(三)の土地の右建物の敷地を明渡せ。

3  被告後藤眞男は同目録(二)の建物の一階部分から退去せよ。

4  原告のその余の第二次請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (第一次請求)

(一) 被告高橋次郎(以下「被告次郎」という。)は原告に対し、別紙物件目録(一)の建物(以下「本件一の建物」という。)を収去し、同目録(二)の建物(以下「本件二の建物」という。)の二階部分から退去し、同目録(三)の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、昭和四七年七月一日から右明渡し済みに至るまで一ヵ月金四二三〇円の割合による金員を支払え。

(二) 被告高橋ツ子(以下「被告ツ子」という。)は、原告に対し、本件二の建物を収去して、本件土地を明け渡せ。

(三) 被告後藤眞男(以下「被告後藤」という。)は原告に対し、本件二の建物の一階部分から退去して本件土地を明け渡せ。

2  (第二次請求)

被告次郎が、原告から金八〇〇万円ないし裁判所が適当と認めた金員の提供を受けるのと引換えに、原告に対し、

(一) 被告次郎は、本件一の建物を収去し、本件二の建物の二階部分から退去して本件土地を明け渡し、かつ、昭和四七年七月一日から右明渡し済みに至るまで一か月四二三〇円の割合による金員を支払え。

(二) 被告ツ子は本件二の建物を収去して、本件土地を明け渡せ。

(三) 被告後藤は、本件二の建物の一階部分から退去して、本件土地を明け渡せ。

3  (第三次請求)

(一) 被告次郎は原告に対し金一〇六万八四八〇円及びこれに対する昭和四八年一一月一八日から完済まで年五分の割合による金員、昭和五〇年一〇月一日から昭和五三年三月二八日まで一ヵ月金四万五三〇七円の割合による金員及び右金員に対して毎月二八日から完済まで年一割の割合による金員を支払え。

4  第一ないし第三次請求に共通の請求

(一) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(二) 仮執行宣言

二  第一ないし第三次請求の趣旨に対する答弁(被告ら全員)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  第一ないし第三次請求に共通の請求の原因

(一) 本件土地は原告の先代訴外亡岩田登(以下「訴外登」という。)の所有であった。

(二) 訴外登は昭和二八年一一月一七日本件土地を被告次郎に対し、木造建物所有の目的、期間二〇年、賃料は毎月二八日限り当月分を支払うとの約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、被告次郎に引渡した。

(三) 右賃貸借契約による本件土地の賃料は昭和四七年七月当時一か月四二三〇円であった。

(四) 訴外登は昭和三五年三月三〇日死亡し、原告が、本件土地を相続し、その所有権を取得するとともに、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継した。

2  第一次及び第二次請求の原因

(一) 本件賃貸借契約は昭和四八年一一月一六日期間満了したところ、原告は被告次郎に対し、昭和四七年八月一日ころ本件賃貸借契約を更新しない旨予め通知したうえ、昭和四八年一一月二三日到達の書面で被告次郎に対し本件土地の使用継続につき異議を述べた。

(二) 右異議は次のような正当事由に基づくものである。

(1) 原告は次のように本件土地を使用する必要がある。

(イ) 原告の家族構成は、原告、原告の夫訴外岩田喜八郎(以下「訴外喜八郎」という。)、長女(二三才)、大学二年、高校一年及び中学一年の四人の子からなっている。原告家の収入は、訴外喜八郎の月給一二万六〇〇〇円、原告並びに右喜八郎の所有する土地、建物の地代、家賃一か月合計三〇万二〇〇〇円、総計四二万八〇〇〇円であり、これをもってしては、一家六人の生活費のほか、大学生を含む三人の子の教育費を賄うことは不可能であり、被告次郎から本件土地の明渡を受け、同土地上にアパートかマンションを建築し、これを賃貸して収益を図る必要がある。

(ロ) たしかに、原告及び訴外喜八郎は、本件土地以外にも土地を所有しているが、その殆んどを第三者に対し賃貸しており、その賃貸借は期間満了していないか、更新拒絶の正当事由の具備しないものであって、賃貸地の返還を受けることが不可能であり、残余の土地は原告家の居住用地として使用しているものである。したがって、本件土地の返還を受ける以外に、前記アパート又はマンションの建築は出来ない状況にある。

(2) 他方、被告次郎は、年額六二四万七五二〇円(税込)月額五二万〇六二七円(税込)手取り月額四五万六〇〇六円を得、その生活は裕福であり、また、昭和四六年三月三一日に川崎市高津区梶ヶ谷三丁目に一八三・一一平方メートルの宅地を九〇〇万円で取得し、昭和五一年九月二〇日に右土地上に木鉄筋コンクリート、木造スレート葺地下一階付二階建居宅、床面積地下二三・八四平方メートル、一階七三・一一平方メートル二階五八・三五平方メートルの建物(以下「本件三の建物」という。)を金一一〇〇万円で建築し、同年一〇月二〇日には家族全員の引越しを終り、本件土地上の建物を現在使用していない。

(3) 本件一の建物は、一階部分が空き屋であり、二階部分が訴外山村光一に賃貸され、また、本件二の建物は、一階部分が被告後藤に賃貸されているにすぎない。

(4) その他、被告次郎には次のような背信行為がある。すなわち、被告次郎は本件土地の一部を訴外高橋真一(以下「訴外真一」という。)に対し、原告に無断で賃貸し、訴外真一は右賃借土地上に本件二の建物を建築し所有していた。そして、訴外真一は昭和二九年一一月二七日死亡し、被告高橋ツ子が右建物の所有権を相続により取得した。

(5) 被告次郎の正当事由についての主張(後記二ノ(三))に対する原告の認否

(イ) 被告次郎主張(一)の事実中、被告次郎及びその家族が川崎市高津区に移り住んだ事実は認めるが、その余は否認する。

(ロ) 同(2)の事実中、原告の母訴外すゑが東京都大田区大森七丁目三六六番の宅地および周所三六七番地の畑を所有する点並びに不動産を活用することによって十分裕福な生活が可能であるという点はいずれも否認するが、その余の事実は認める。原告とその夫訴外喜八郎の所有不動産中原告と訴外喜八郎が住居地として使用している東京都大田区北糀谷町の土地には、原告夫婦及び前記子供四人の住居三八坪、物置八坪及び車庫六坪が建てられており、更に近く結婚する長女夫婦のため新居を住居地の空いている所へ建てる予定であり、ここを利用して収益をあげることは不可能であり、また、他の不動産もすべて他に賃貸しており、本件土地を除いて明渡しは請求できず、また、賃料は一定であって、今より以上に収益をあげえない。また、訴外すゑの所有の不動産は同訴外人が独自に管理しており、原告とは何ら関係がなく、右不動産からの収益は原告の収入となるものではない。従って、原告及び訴外喜八郎所有の各不動産を従前どおり活用するのみでは不足であり、被告らから本件土地の返還を受ける必要がある。

(三) 被告次郎は本件土地上に本件一の建物を所有し、かつ、本件二の建物の二階部分を占有している。

(四) 前記のとおり、被告ツ子は本件土地の一部の上に本件二の建物を所有し、右土地を占有している。

(五) 被告後藤は、本件二の建物の一階部分を占有している。

よって原告は、(1)被告次郎に対し、本件土地の賃貸借契約期間満了により終了したことによる原状回復として本件一の建物を収去し、かつ、本件二の建物の二階部分から退去して本件土地を明渡すこと並びに昭和四七年七月一日から期間終了日である昭和四八年一一月一六日まで一ヵ月金四二三〇円の割合による賃料を、本件賃貸借契約の終了日の翌日である昭和四八年一一月一七日から明渡し済みに至るまで右賃料相当の遅延損害金の支払を求め、(2)被告ツ子に対しては、本件士地の所有権に基づき、本件二の建物を収去してその敷地の明渡しを、(3)被告後藤に対しては本件土地の所有権に基づき、本件二の建物の一階部分から退去してその敷地を明渡すことを求める。

3  第二次請求の原因

原告は被告次郎に対し、更新拒絶の正当事由を補完するため、前記更新を拒絶する旨の通知をするとともに立退料として金一〇〇万円ないし相当と認められる金員を支払う旨の申入れをし、昭和四八年一一月一六日には右立退料を五〇〇万円に増額し、また、現在は八〇〇万円ないし裁判所が相当と認める金額の立退料を支払う旨申入れをしている。

よって、原告は、原告が被告次郎に金八〇〇万円ないし裁判所が相当と認める金額の立退料を支払うのと引換に、(一)被告次郎に対し、本件賃貸借契約の終了による原状回復として、本件一の建物を収去し、本件二の建物の二階部分から退去して本件土地を明渡し、かつ、昭和四七年七月一日から期間終了日である昭和四八年一一月一六日までは賃料として、同一七日から右土地の明渡し済みまでは損害金として一か月四二三〇円の割合による金員の支払いを求め、(二)被告高橋ツ子に対し、本件土地の所有権に基ずき、本件二の建物を収去して右建物の敷地を明渡すことを求め、(三)被告後藤に対し、本件土地の所有権に基づき本件二の建物の一階部分から退去して右建物の敷地を明渡すことを求める。

4  第三次請求の原因

第二次請求が全部認容されないときには、次のとおり請求する。

(一)(1) 東京都区内においては建物所有を目的とする土地の賃貸借契約が期間満了により更新される場合、特別の事情のない限り賃借人より賃貸人に対して更新料の名のもとに相当額の金員を支払うという事実たる慣習が存在する。

東京都区内における右更新料は、借地権価格の一〇ないし一五パーセントが相当であり、本件土地の価格は一五二六万四〇〇〇円であり、借地権価格はその七〇パーセントである一〇六八万四八〇〇円が相当である。従って更新料はその一〇パーセントである一〇六万八四八〇円が相当である。

(2) 仮りに、右が認められないとしても、被告次郎は、昭和五一年四月一六日本件和解期日において更新料として、三、三平方メートル当り一万円合計三五万二五〇〇円を支払う旨申込み、原告は同年九月一日準備書面で右申込みを承諾する旨の意思表示をした。

(二) 原告は、昭和五〇年九月二六日本件和解期日において、被告次郎に対し地代の増額請求をし、また、昭和五一年七月三〇日準備書面でも増額請求をした。地代は一ヵ月五万〇九六七円が相当である。

よって、原告は被告次郎に対し、(一)事実たる慣習に基ずく更新料一〇六万八四八〇円、また、これが認められないときは合意に基ずく更新料として金三五万二五〇〇円とこれに対する本件賃貸借契約が更新された日の翌日である昭和四八年一一月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員、並びに、(二)(1)昭和四八年一一月一七日から昭和五〇年九月三〇日まで一か月四二三〇円の割合による賃料、(2)地代の増額請求の効力が生じたのちの日である、昭和五〇年一〇月一日から、また、これが認められないときは昭和五一年七月三一日から本件口頭弁論が終結された昭和五三年三月二八日まで一か月五万〇九六七円の割合による賃料及び右五万〇九六七円から被告次郎が供託した一ヵ月五六六〇円との差額である一ヵ月金四万五三〇七円に対し、昭和五〇年一〇月二八日から昭和五三年三月二八日まで毎月二八日から完済にいたるまで借地法一二条に基づく年一割の割合による利息の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告次郎の認否

(一) 請求の原因1(一)ないし(四)の事実はいずれも認める。

(二) 請求原因2(一)の事実は認めるが、同(二)(1)は否認する。同(二)(2)の事実中被告次郎の家族が川崎市高津区に原告主張の宅地と居宅を取得して移り住んだ事実は認めるがその余は否認する。同(二)(3)の事実は認める。同(二)(4)の事実中訴外真一に対する賃貸借が原告に無断でした点は否認するが、その余の事実は認める。訴外登は、本件賃貸借契約を締結する際、被告次郎がその兄である訴外真一に転貸することを認めていたものである。

同2(三)の事実は認める。

(三) 被告次郎の正当事由に関する主張

(1) 被告次郎は本件土地を必要とする。すなわち、被告次郎は、昭和五〇年一一月、現在居住している肩書住居地に転居したが、病身の被告次郎の妻の実父の看護のためと従前の住居が子供の成長で手狭になったため移り住んだのである。しかし、被告次郎の家族は二〇年余にわたって本件土地に居住し、周囲の人々と親交を結び愛着もあり、被告次郎の子の将来の居所として、あるいは、被告次郎夫婦の老後の居所として地の利を有する本件土地を被告家族の生活の本拠として利用する計画であり、現在被告所有の本件一の建物の二階を訴外山村光一に賃貸し、また、被告ツ子所有の本件二の建物は、一階部分を被告後藤に賃貸しているが、これらは一時的なものにすぎない。

(2) 原告には次の事情がある。すなわち、原告、訴外喜八郎、母すゑ(いずれも同居。)は、訴外登から次の不動産を相続し所有している。

原告は、東京都大田区大森西六丁目四四番宅地九六一・五〇平方メートル、同所四五番宅地八五八・三三平方メートル、同区北糀谷町二三九番地一宅地六〇〇・六〇平方メートル、同所二三七番地宅地八五・八〇平方メートル、同所二三八番地宅地八九六・二一平方メートルを所有しており、訴外喜八郎は、同区西糀谷町三丁目三三四番六雑種地八二八・三〇平方メートル、同区蒲田四丁目一番二一、宅地六一・七四平方メートル、同所一番地一一二宅地六四・六五平方メートル、同所一番地一〇七宅地五五・九七平方メートルを所有し、原告の母、訴外すゑは、大田区西糀谷三丁目七一六番地の二雑種地三九二・七〇平方メートル、同区大森西六丁目四四番地居宅木造瓦葺二階建建坪五二・八二坪、同区大森七丁目三六六番宅地二〇四六平方メートル、同所三六七番地畑一六一・七平方メートルを所有している。原告ら家族は右不動産を活用するのみで十分裕福な生活が可能であり、被告らに建物を収去して本件土地の明渡を求める必要性はない。

2  被告ツ子の認否

請求原因1(一)、(四)及び同2(四)の事実は認める。

3  被告後藤の認否

請求原因1(一)、(四)及び同2(五)の事実は認める。

4  第二次請求の原因に対する被告次郎の認否

請求原因3の事実は認める。しかし原告主張の金員の給付がなされても使用継続に対する異議の正当事由は補完されない。すなわち被告次郎は、現在本件土地には居住していないが、この附近には知人も多く、また、本件土地に愛着があり、将来家族の生活の本拠とすることを切望している。これに対し、原告には本件土地を使用する必要性はなんら存せず、従って立退料の提供ないしは提供することを申入れても右正当事由がそもそもないのであるから補完されて発生することはない。

5  第三次請求原因に対する被告次郎の認否

請求原因4の事実は、すべて否認する。

三  抗弁

1  被告次郎の第一次請求ないし第三次請求中の賃料請求に対する抗弁

被告次郎は、賃料として、昭和四七年七月一日から昭和四九年一二月末日までは一か月四二三〇円昭和五〇年一月一日からは一か月五六六〇円を適法に供託している。

2  被告ツ子及び同後藤の抗弁

(一) 請求原因一1のとおり、被告次郎は本件土地を訴外登から賃借し、原告が右賃貸人たる地位を承継している(本件賃貸借契約)。

(二) 訴外真一は、昭和二八年一一月被告次郎から本件土地の一部である本件二の建物の敷地を賃借(以下「本件転貸借」という。)し、右建物を建築して所有するに至った。訴外登は、昭和二九年一月二〇日ころ右転貸借を承諾した。被告ツ子は、訴外真一が同年一一月二七日死亡したので、同訴外人の権利義務を承継した。

(三) 被告後藤は、昭和三六年六月ころ被告ツ子から本件二の建物の一階部分を賃借した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、訴外登が被告ら主張の本件転貸借を承諾したとの事実は否認するが、その余の事実は認める。同(三)の事実は認める。

五  再抗弁

本件賃貸借契約は、第一次請求及び第二次請求の原因事実のとおり、終了した。

六  再抗弁に対する認否

第一次請求及び第二次請求の原因事実に対する被告次郎の認否のとおりである。

第三証拠《省略》

理由

第一  被告次郎に対する請求について

一  請求原因1(一)ないし(四)の事実、同2(一)及び(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告次郎に対する第一次請求のうちの本件土地の明渡請求について

先ず、原告の更新拒絶及び使用継続に対する異議が正当事由に基づくかどうかについて判断する。

1  原告が本件土地のほかに東京都大田区大森西六丁目四四番宅地九六一・五〇平方メートル、同所四五番宅地八五八・三三平方メートル、同区北糀谷町二三九番地一宅地六〇〇・六〇平方メートル、同所二三七番地宅地八五・八〇平方メートル、同所二三八番地宅地八九六・二一平方メートルを所有し、原告の夫である訴外喜八郎が同区西糀谷三丁目三三四番六雑種地八二八・三〇平方メートル、同区蒲田四丁目一番一一一宅地六一・七四平方メートル、同所一番地一一二宅地六四・六五平方メートル、同所一番地一〇七宅地五五・九七平方メートルを所有していること、被告次郎が昭和四六年三月三一日に川崎市高津区梶ヶ谷三丁目に宅地一八三・一一平方メートルを取得し、右土地上に昭和五一年九月二〇日本件三の建物を建築し、同年一〇月二〇日には家族全員が右居宅に引越し、被告次郎及びその家族は本件一の建物を使用しておらず、その一階部分は空室であり、二階部分は訴外山村光一に賃貸されていること、本件二の建物の一階部分は被告後藤が被告ツ子から賃借し使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば原告の家族は、原告、原告の夫である訴外喜八郎、長女(二三才)、大学二年、高校一年及び中学一年の子供四人とからなり、訴外喜八郎は五年程前までは家業の苔採取業をしていたところ、それが不可能となったので文具メーカーに組立工として勤務し始めたため給料は一か月一二万六〇〇〇円に過ぎないが、原告所有の前記土地のうち大田区大森西六丁目四四番地及び同所四五番地の土地並びに訴外喜八郎所有の前記不動産を他に賃貸し、賃料として一か月少くとも金約四〇万円の収入を得ており、原告家の一か月の収入は合計すると、約五二万円に達することが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は《証拠省略》に照らしてにわかに信用できない。そして右に認定した事実によると、原告が、被告らから本件土地の明渡を受けたうえ本件土地上にアパートかマンションを建てて収益をあげなければ子供達の養育費に事欠くという事実は認め難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、被告次郎の側の事情について検討する。

《証拠省略》を総合すると、被告次郎は、一等機関士であり昭和五一年八月から昭和五二年七月までの間には年収約六二四万(税込み)を得ており、また、訴外弘枝も一か月約五万円の収入を得ているが、被告次郎の家族構成が、被告次郎とその妻である訴外高橋弘枝、大学四年と二年、小学校二年の男の子三名のほか、右弘枝の父の六名からなっていること本件三の建物及びその敷地取得のために負担したローン返済のため毎月約一〇万円の支払いをしており、このため、被告次郎は、老朽化した本件一の建物を建替えアパートを建築して収益を図りたいとの意向を有していることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。被告次郎は、本件土地の周囲に知人が多く愛着を有しており将来被告次郎の子供の住居又は被告次郎夫婦の老後の居所として使用するため本件土地を確保する必要がある旨主張するが、《証拠省略》によっても、右の計画は、不確定なものであって、本件土地の現実の必要性を裏付けるものとは認め難い。

4  《証拠省略》によれば、被告次郎が、訴外登から本件土地を借り受けると同時に同被告の実兄である訴外真一に本件二の建物の敷地である本件土地の一部を転貸し、訴外真一は右土地上に本件二の建物を建築したこと、昭和二八、九年頃から被告次郎並びに右真一は本件土地上に居住し、本件一の建物には被告次郎の、本件二の建物には右真一の表札が掲げられていたこと、原告の家と本件土地とは歩いて一〇分くらいしか離れておらず、原告側は本件土地の地代を毎月被告次郎のところに取りに行っていたのであるから、訴外登及び原告は、本件二の建物に訴外真一が居住していたことのみならず、右建物が訴外真一の所有に属することを容易に知りえたものであるとの事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》そして、右認定の事実を総合すると、訴外登は、本件建物二が建築されたころ本件転貸借を承諾し、乙第一号証の原本を作成し、訴外真一に交付したものと推認することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

従って、被告次郎に原告主張の背信行為は存しないものというべきである。

5  以上認定したところによれば、原告と被告次郎は、いずれも本件土地を居住のために必要としているものでなく、本件土地上にアパートを建築して収益を図るために必要としているものであるところ、右両者の事情を比較すると、被告次郎の本件土地の必要度は原告のそれを上廻るものと認められるから、本件賃貸借契約の期間満了にともなう被告次郎の本件土地の使用継続に対する原告の異議は正当事由に基づくものとはいえない。

6  従って、原告の被告次郎に対する第一次請求のうちの本件土地の明渡請求は理由がない。

三  賃料請求に対する抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

四  以上認定したところによれば、被告次郎に対する原告の第一次請求はすべて理由がないものというべきである。

五  被告次郎に対する第二次請求について

1  既に認定した事実、なかんずく、被告次郎は、本件土地のうち本件一の建物の敷地は自己の居住のために必要としているものではなく、右土地上にアパートを建築して収益を図るために右土地を必要としているものであること、本件一の建物は、現在、一階が空室であり、二階が訴外山村に賃貸しているにすぎないこと、本件土地のうち本件二の建物の敷地は被告ツ子に転貸しているが、同被告は本件二の建物の一階部分は被告後藤に賃貸しているが、その二階部分は被告次郎が居住以外の目的で使用しているに止まり、被告ツ子も右二の建物の敷地を居住のために必要としているものではないことの諸事実に照らすと原告が本件土地の借地権を地主に譲渡する場合の借地権価格相当の立退料の支払いをしたときには、正当事由が補完され、原告の本件賃貸借契約の期間満了に伴う異議は正当事由に基づくものとして効力を生ずるものと解すべきである。そして、鑑定人飯島実の鑑定の結果によれば、昭和四八年一一月一六日当時における本件土地の右借地権の価格は、九一五万八〇〇〇円と認められる。

2  原告の昭和四七年七月一日から昭和四八年一一月一六日までの賃料請求が理由のないことは、前示のとおりであるが、同月一七日から被告次郎が本件土地を明渡すまで一か月四二三〇円の割合による賃料相当損害金の請求は、理由がある(被告次郎はこれに対する抗弁を主張・立証していない。)。

3  以上のとおり原告の被告次郎に対する第二次請求は、原告が被告次郎に九一五万八〇〇〇円を支払ったときに、被告高橋次郎に対し本件一の建物を収去し、本件二の建物の二階部分から退去して本件土地の明渡しを求め、かつ、本件賃貸借契約の終了日の翌日である昭和四八年一一月一七日から右明渡し済みまで一か月四二三〇円の割合による損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

第二  被告ツ子及び同後藤に対する請求について

一  請求原因一1(一)、(四)、同2(四)及び(五)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告ツ子及び同後藤の抗弁事実は、訴外登が本件転貸借を承諾したとの点を除いては当事者間に争いがなく、右承諾があったことは、前記認定のとおりであるから、右被告らの抗弁は、いずれも理由がある。

三  原告の再抗弁事実のうち、被告次郎に対する第一次請求原因事実と同一の事実は理由がなく、第二次請求原因事実と同一の事実は、前記の限度で理由がある。

四  従って、原告の被告ツ子及び同後藤に対する請求は、原告が、被告次郎に九一五万八〇〇〇円の支払いをしたときには、被告ツ子に対し本件二の建物を収去して本件土地のうち右建物の敷地部分の明渡しを、被告後藤に対し本件二の建物の一階部分からの退去を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

第三  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

〈以下省略〉

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